TAKUTO YOSHINO

機能と美しさの統合/デザインについて バウハウスから生まれたものづくり

専門化によって失われるもの

アニ・アルバース著「デザインについて バウハウスから生まれたものづくり」を読んだ。

デザインについて:バウハウスから生まれたものづくり

アニ・アルバースはテキスタイルとジュエリー分野におけるアーティスト、工業デザイナー、版画家、教師。ベルリンで生まれ、ハンブルクで美術指導を受けたのち、バウハウスにて学ぶ。作品はニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめ、さまざまな美術館に収蔵されている。

そしてこの本は、アニ・アルバースのデザインに対する論考、エッセイとなっている。

結論から言うと、デザインを始めたばかりの人に読んでほしい。

デザインに携わっているとよく話題に上がるのが「論理、機能」と「美しさ、かっこよさ」の話。論理派は、説明できないデザインは見せかけでただ飾っているだけと揶揄し、美しさを求める派は、論理で固めたデザインに魅力は感じないという。

僕は両方を統合するのが「ものづくり」においては大切だと考えてる。デザインは飾りづけすることだけでは決してないし、思考をフレームワーク化して単に機能を満たすよう量産するだけのものでもない。

Webを例に挙げるなら、ユーザー起点のシナリオとそれを実現する情報設計やUI設計を考慮した上で、ファーストビューやページ全体のトーン(色、余白、動きetc)から企業や商品の世界観を美しく、かっこよく、時には面白く表現してるものが高品位でバランスの取れてるアウトプット。

どちらが上とか下とかではなく、両方必要。

本の中でもこういった点について危惧されていて、「専門化」という言葉で説明されている。

分業分担だけが専門化ではありません。専門化は、専門外のジャンルの実践力と経験の欠如という意味でもありますし、経験不足を情報量で補おうとします。そして、さらなる理論武装モード、情報重視かつ実践無視へと向かいます。

デザイン業界でも分業分担が進んでるけど、本来、いちデザイナーが考えるべき領域(上流、下流、他ジャンル)はとても広くて深い。専門化が進むほど一人一人の領域での仕事は画一的になり、他領域への理解や関心が減ることで、効率や品質が下がる結果になる。

いいデザインに対する人々の意識は、もっとたくさんのいいデザイン商品を選ぶ自由な機会があるならば、もっと向上するはずです。

日本におけるデザイン価値とデザイナーの社会的地位を上げるためには、他領域同士が力を合わせないといけない。

教育としてのアート制作

クリエイティブ力をつける上で、自分で考えながら手を動かしてものを作り上がるプロセスはとても重要。だけど依然として、学校教育は将来の実践に即したものではなく知識を貯めることに重きを置いてる。

どんなに知識量を誇っていても、物事を建設することができなければ意味がない。

そして、工芸で学び教えることがかたちづくりの能力を育てると本の中では述べられてる。物事を組み立てるセンス、建設的思考、独創性とイマジネーション、かたちのバランスへのセンス…

工芸やアート制作、デザイン制作を通してものをつくることは、こういったセンスが磨かれるだけでなく、孤独力や内面と向き合う力、自分の行動に対する責任なども育めるもの。

素材で何かをつくっているあいだ、どこへ向かうかを定めて完成予想図を描いても、実際の感性の姿は正確にはわからないのです。素材が発するイエスかノーの声に、道具に、時間の限界に耳を傾けることを、アート制作から学びます。これらの声に私たちが導かれていると感じる時だけ、意味のある形が作られます。逆に、自分のやり方に固執すれば、望ましくない方向に行くとわかってきました。あらゆる素晴らしい業績は、たどり着くべきところへ導かれる感覚からもたらされます。

手を使ったかたちづくりは、一方的すぎる知識と論理の詰め込み教育とはまったく違って、机にずっと座ってこつこつと静粛に学びたい人にとっては、予想外な展開になるかもしれません。なにしろ主観的に思考する頭脳作業から、客観的に手を動かす作業へ変えるのですから。アートの鑑賞と制作の両方が、私たちの心をより豊かにします。

今後少しずつ、デザインを通した教育に力を入れていきたいのだけど、アニ・アルバースの論考は、そういった面でも自身のデザイナーとしての思想軸のひとつになりそう。

デジタルでのものづくりだけでなく、「素材」を基本とする領域でも積極的にデザインのアウトプットをしていきたい。

デザインとアート

ちなみに本の中では、アートとデザインという言葉の定義としてこんな風に使われてる。

デザインすることは「なんらかの実用性のあるものに、かたちを与えること」と考えられています。絵画をデザインするとか、協奏曲をデザインするとかいわないけれど、例えば家、都市、器、ファブリックをデザインするとはいいます。これら実用品も、絵画や音楽のようなアートと同じようにすべて計画されてできあがります。実用性は、アートとの境界線にはならないはずです。結論から言えば、形を考え、こだわりながら、繊細に制作することが、普通の家や家具をアート作品へと変えるのです。ならば、どれだけ深くかたちを考え、こだわり、繊細に扱うかといったレベルが、デザイナーの目指す高みです。文化水準は、アートのレベルによって測られ、そしてアートは、いろんな生産活動が目指すべき水準を定めます。

デザインは課題解決で、アートは自己表現、だから別物、みたいにいわれたりするけど、本質的には同軸上にあるもの(あるいはデザインがアートを包括する)。デザイナーであっても人の感性に訴える(美を感じさせる)エモーショナルな表現は大切だし、どんなに自分を消そうと思っても個性は滲み出てしまうのだから、論理でガチガチに固めるアウトプットに固執する必要はない。

両方のバランスを舵取りしながら作品を作ることが「クリエイティブなものづくり」

本の中では、他にも印象的な言葉がたくさん出てくる。ある意味工業化が完結した今の時代、そしてプロセスが更に画一化されていく時代において、デザイナーに必要な本質的な「要素」は一体なんなのか。指針を得るためのヒントが多い本だった。

ぜひ一読を。

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