TAKUTO YOSHINO

マルチポテンシャライト/器用貧乏という生き方

「〇〇デザイナー」のように何かに特化してる人が多い中、僕のスタンスは「80%の領域をいかに増やせるか?」にある。こういう思考の人はまだまだ少数だと感じてる。日本人の価値観的にも、一つのことをやり続けることに「スペシャリティ」を感じる傾向が依然としてある。それに、新しいことを一から学ぶというのは、初心者になることに慣れてないとマインド的にも結構辛いプロセスなのかもしれない。

佐藤オオキさんが書かれた「ウラからのぞけばオモテが見える」の最後にこんなコメントがある。

nendoは一つのデザイン分野に特化することなく、建築、インテリア、家具、工業製品、グラフィックなど、守備範囲は多岐に渡ります。駆け出しの頃に「5つの分野をやっている」と言うと「5分の1ずつしかやっていない便利屋さん」という冷ややかな見られ方をしました。ただし、海外で同じ話をすると「5倍頑張っているんだね」という評価をされて、そのギャップに驚いた記憶があります。やはり日本では、専門家に頼みたいというのが一般的なクライアント心理のようです。ただし、これは間違いではないでしょうか。

さらに、僕が将来的にやりたいことはチーム作り、環境づくりであって、いちプレイヤーでい続けることじゃない。手を動かしてのものづくりはずっと続けるけど、本質的に実現したいことは、組織において能力あるデザイナーたちが十二分に力を発揮できる環境づくり。ひいては、デザイナーやエンジニア、ものづくりに関わる人の日本社会における立ち位置をもっと高めたい。

そのためにも、自分自身が幅広い分野で80%のアウトプットが出せる経験は大切だと考えてる。わかってない人にとやかく言われるのは、皆好きではないだろうし(笑

もちろん100%人のためではなく、個人的な欲もある。学習欲を満たすためにも、自分でやってみる時間が僕にはどうしても必要。この辺りは、良い意味でも悪い意味でも、いつまでたっても割り切ることができない。起業家や経営スタンス色が強い人からは非効率的だと思われるかもしれないけど、自分の「幸せ」のためには重要なプロセスだ。

「専門」というものはどんどんなくなっていく

ネットやソフトの発展に伴い、知識やスキルの習得は10年前に比べても圧倒的に効率的になった。頭のいい人なら、独学に十分な情報量をいつでも取得できる。デザインで使用するAdobeも、月数千円で全てのソフトを使うことができる。数年前までなら特殊技能として認知されていたものも、今となっては「当然」だと捉えられる。それぐらい、技術的にも価値観的にも、変化の早い時代だ。

この流れについていき、かつ上位にい続ける方法は大きく二つあると考えてる。

1. 世界を舞台に活躍できるぐらいの「圧倒的技術」を身につけるか、
2.様々な分野を縦横無尽に駆け回る「柔軟な思考力とマルチなセンス」を身につけるか。

感覚的には、国内をメインに考えると2より1の方がハードルが高く、生存率は低くなると思う。さらにいうと、今後ますます変化が激しくなる時代の中で、クオリティ高いアウトプットを安定して出し続けられる人材、かつ多くの組織で重要視されるのは2の方だと考えてる。理想は1の人と2の人が同じ組織に存在する状態だけど。

自分は「器用貧乏」だからと、ネガティブに捉えてきた人は、考え方を変えると良い方向に進むかもしれません。本来あるべき「デザイン」の専門家の姿とはなんなのか、ものづくりにおける過去のあり方を知るといいかもしれませんね。

参考プレゼン「天職が見つからない人がいるのはどうしてでしょう?」

 

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