TAKUTO YOSHINO

ヴァイオリンの故郷クレモナで触れた日本

2019年4月11日に行ってきた、イタリア・クレモナについての雑記。

ヴァイオリンの故郷クレモナ

クレモナは、ミラノから南東80kmほどに位置する約7万人の小さな町。かつては、ヴァイオリン職人で有名なストラディバリが工房を構え、いまでも多くの職人が集まる場所だ。スタジオジブリの「耳をすませば」で、天沢くんが行きたいと言っていた町がクレモナです。

ミラノ中央駅からは6時20分から20時20分までの間、2時間おきに直通電車が出ていて、僕は8時20分発のマントヴァ行きに乗車した。

時間が早かったためか席はガラガラ。同じ車両には6,7人ほどしか乗っていなかった。

そして時間通りに出発。

広がる黄緑色の平原と幾らかの木がポツンポツンと、日本の新幹線から見える風景とは随分と違っていて、言葉を選ばずに表すと殺風景にも思えた。この数日間は雨の日が続いていたから、その薄暗さのせいもあったのだろう。

少しだけ気持ちが静かに沈む……

心地いい、しんみり感……

 

海外に行くと日本との違いによく気づく。

日本での新幹線からの景色はこれほど整った配色ではなく、濃い緑、薄い緑、黄色がかってたり、深い赤、明るいオレンジ、何気なくそこにある小さな山にも統一されてない自然の色があり、そんな有様に美しさを感じるのだけど、これは日本人の感覚なのだろうか。

四季のはっきりしてる日本では移ろいゆく自然やものに美を感じる。つまり「侘び寂び(わびさび)」。時間経過とともに劣化したり変化する有様を、自然の織りなす多様な美であるとする意識……

……という具合かな、きっと、たぶん。

そんなことをぼんやり考えてると、途中の停車駅で地元の子供達がわーっと乗って来て、周りを完全に囲まれた。しんみり感がとたんに賑やかな明るい雰囲気に。

たまに実家に帰ると甥っ子姪っ子がいたりするのだけど、1日中べったり付きまとわれてた時のことをふと思い出した。

子供の持つ無邪気なエネルギーは世界共通だ。

クレモナに着いても相変わらずの雨。

景観はいかにもイタリアという感じで(初イタリアだけど)、薄い橙色をベースに統一されている。人はまばら、とても静かだ。傘もささずに犬と散歩してるおじいさんに、絵になるかっこよさを感じた。

最初に向かったのはヴァイオリン博物館。駅から南に向かって、余白なく立ち並ぶ建物に挟まれた石畳の道をまっすぐ歩いて行くと見えてくる。

綺麗な煉瓦造りの博物館、その前には整えられた広場、ここだけ景観とは裏腹にLED電光掲示板が設置されていて、それだけ見に来る人が多いということなのだろうか、あるいは迷う人が多いのか、少しもったいない気もした。

建物に向かって左手のドアから入ると受付がある。そばには各言語のパンフレットが並んでいて、日本語のものもあった、ありがたい。

自分が何かしたわけでは全くないけれど、こんな時にはなんだか誇らしい気分になったりするものだ。

展示を回るのには大人だと10ユーロ。さらに、プロによるソロ弾きを聴くことができるのだけど、その分が7ユーロ。博物館という通常の場所でないことを考慮するとなんとも贅沢だ。

演奏は昼の12時頃に始まるから、まずは展示を回ることにした。

展示は9つのセクションに分かれている。

第1室目は、ヴァイオリンの誕生と発達の歴史を観覧できる構成で、それぞれの時代による造形変化が実物と動画で展示していた。第2室は、ヴァイオリン製作に使われる材料や工房について。小さな工房部屋もあり、日によってはヴァイオリン作りの様子を見ることもできるそうだ。

第3室は、ヴァイオリン普及について。ヨーロッパから世界に普及していく様子を、大きな世界地図のディスプレイとインフォグラフィックで追うことができる。この部屋にはもう二つ展示があって、ヴァイオリン製作工程の展示と、謎のドームが設置されている。工程の展示では、木材の選定からニスによる仕上げ、弓ができるまでのプロセスを知ることができる。各プロセスの展示スペースには、なにやら本棚のように並んでいる板が置いてあり、それをディスプレイ前のくぼみに嵌めこむと各工程の動画が流れる仕組みだ。

クレモナの町が石畳の景観を残してるものだから、博物館での技術とのギャップになんだか奇妙さを感じる。

そしてもう一つの、木でできた謎のドーム。中は真っ暗な空洞で、人が数十人入れる広さがある。入り口でウロウロしてると、日本人スタッフの方が話しかけてくれた。クレモナに来てから最初に出会った日本人、安田 惠美子さん。「中に入って聴いてみてください」と案内され、一人でドームの中へ。真ん中に立ってしばらくすると演奏が始まり、音が360度反響しあってるためか、演奏者たちに囲まれているような体験ができる。

その後も安田さんには、各部屋の展示説明をしてもらうことができた。

初代から老年期にかけて作られたストラディバリウスのわずかな違いについてや、ストラディバリが描いた装飾スケッチなど、少なからず作る側にいる自分にとっては気分の上がる連続で、ヴァイオリンに詳しい訳じゃないけど大丈夫かなと不安だった気持ちは、いつの間にかなくなっていた。

安田さんのお陰かな。観光地にはだいたい日本人がいたりするものだけどクレモナに向かう中では一人も見かけなかったから、少し寂しさを緩和できたみたいだ笑

展示を見終わって、次はソロ演奏の鑑賞。実際に展示されているストラディバリウスが使用される。

開始まで時間があったから入り口前で開くのを待っていると、ここでも子供・学生がわーっと集まってきて、またしても囲まれた。安田さん曰く今日は特別学生が多いとのことで、僕はその流れに乗りながら席に向かった。全員で100人ぐらいはいるだろうか、その中で日本人は僕ひとり。

ホールは円を描くような木の造りでとても美しい。豊田さんという永田音響設計の方が設計していて、意外なところで日本文脈に触れることに。

そして、演奏者の登場。日本人のプロヴァイオリニスト、横山令奈さん。

正直、日本人の方が演奏者として出てくるとは想定していなかったので、とても驚いたのと同時に、聴く側で日本人が僕だけだったこともあり一人で勝手に感慨深くなったりもした。

横山さんについてはこちら↓

LENAのブログ from ITALIA

ご無沙汰しております 3月1日に85歳だった父が突然他界し, 今まで何となくブログから遠ざかっておりました。 イタリア語で使っているフェイスブックやインスタグラムの更新は続けていましたので そちらの方で近況を見ていただいている方もおられたと思いますが 今更ですいません。 なんでしょうね 日本語で書いているブログの方に書くのに抵抗があったというか。 半日もすれば古い情報が流されていくソーシャルと違って ブログっていうのはきちんと残っていくものだから ちゃんと心の整理ができてから書きたいなと 思っていたからだと思います。 とは言いつつ、 母の時と同じで 未だに全然実感がわかないので ゆっくり自分のペースで書いていくことになると思います。 連絡を受けたのは3月1日のイタリア時間朝7時ごろ。 妹の旦那さんから電話で、 震える声で「お父さんが亡くなった」と。 亡くなっていたのを発見したのは 1日(日本時間の)お昼過ぎに自宅を訪れた、 週に一度家のお掃除に来ていただいていた ホームヘルパーさんでした。 ヘルパーさんから連絡を受けて 妹と旦那さんが父宅へ駆けつけ、 その直後に 私に電話をしてくれたのでした。 救急隊員の方が父が亡くなっていることを確認したばかりで 今警察の到着を待っている、 そんなバタバタした状況でした。 少し落ち着いたらまた連絡をするということで 電話を切りました。 その日はクレモナの弦楽器製作学校で、 朝の8時から授業をしなければならない日でした。 学校を休んでも日本に駆けつけることもできないので 結局授業をしに行きました。 数日前に電話で話した時は元気だった父が いなくなってしまったというのは本当に不思議な感覚でした。 検査の結果は 前日夜の間に死亡 突然のくも膜下出血で ほとんど苦しむ時間もなく亡くなった、 ということでした。 病院嫌いで 死ぬ時は自宅でぽっくり逝きたいと生前冗談でも言っていた 父らしい最後だったのかな、と 思えるのがせめてもの救いです。 自宅で亡くなり、死後時間が経ってしまっていたため 火葬を待つことができず 今から日本に帰っても間に合わないという状況でした そして、トリオでエントリーしていた大きなコンクール、 「ピネローロ-トリノ室内楽国際コンクール」が その数日後に迫っていました。 悩んだ挙句、 ヴァイオリニストであり先生でもあった父が, 私がこのコンクールを棄権することは望んでいないのではないか, このコンクールで精一杯頑張って良い結果を出すことが 一番の弔いになるのではないかと思い, イタリアへ残りました。 結果は 第1位と,ブラームス作品最優秀賞,観客賞受賞 予選や本選での演奏中も, 一位を受賞した瞬間もずっと父のことを, そして6年前に癌で亡くなった母のことを考えていました。 自然と涙が溢れました。 …

 

ここでのコンサートはトークを含めて30分ほど、曲数は6曲。クラシックコンサートに行くことは何度かあったけど、そういえばヴァイオリンのソロは初めて。オーケストラでの演奏とは違っていろんな技法を駆使しているのか、ヴァイオリンから出てくる音が僕にとっては新鮮だった。まあ、そんなに耳が肥えてる訳ではないけれど。

 

そしてコンサート終了。演奏者は颯爽と舞台裏へ。

あっという間に30分が終わってしまった。

もう少し続いて欲しかったな。

 


 

コンサートが終わり、余韻に浸る間もなく次の目的地に向かった。とある方と会う約束をしていたためだ。ヴァイオリン博物館から駅方面へ早歩きで戻り、じゃっかん息を切らしながら家のインターホンを押した。

とある方というのは、ヴァイオリン職人の菊田 浩さん。プロフィールはこちら

イタリアに行くにあたって菊田さんに「工房にお邪魔していいですか?」と連絡を取ると、唐突なお願いにもかかわらずとても丁寧なメールを返してくれて、お会いできることとなった。

菊田さんにお会いしたかったのは、経歴によるところが大きい。

35歳でヴァイオリン製作を独学で始め、40歳でクレモナヴァイオリン製作学校へ入学。この学校は高校にあたるので、数学など一般科目も受ける必要があったとのこと。そして首席で卒業し工房へ弟子入り。その2年後には国際コンクールで優勝してしまうという……なんとも情熱と行動力に溢れる経歴。

「職人」に対する憧れもありつつ、作る側の人間として話をしてみたいと思った。

 

結局この時は、数時間、工房の中で立ち話をするという結果になったのだけど笑、特に印象的だった話がふたつあった。

ヴァイオリン形状の設計図には、ストラディバリやガルネリのモデルが基本としてある。つまり、現在の職人たちはその設計図をコピーして作り始める。じゃあ、単に模倣してるだけなのかというと、それは違う。「プロ同士でしかわからない」ような些細な箇所に、職人がそのヴァイオリンに込めたいオリジナリティを加える。そこが、作品作りとしての面白さ、楽しさ、独自性、やりがい、遊びになるのだと。

これはとても、デザインに通ずるものがあるな…と。

さらに話は続き、ヴァイオリン職人の世界にも派閥があるようで。

ストラディバリなどが設計したモデルを守りながら、限られた領域の中で独自性を生み出すことが「作品作り」であるとする思考。それに対し、基本モデルがそもそもどうやってできたのか、さらに上流の設計思想から考え、独自のヴァイオリン形状を生み出すことが「作品作り」であるとする思考。

この話を聞いて、前者には美学を感じ、後者には葛藤を感じた。きっとどちらも正しいのだけど、論理的には後者の方が高次元に思いつつ、感覚的には前者の方が美しく高尚だと思った。

僕はどっち派かな…

 

そしてもう一つ印象的だったのは、菊田さんのあり方。

初めて連絡した際、WEBサイトを作らせていただけないかという逆オファーも兼ねていた。メールでは「今はまだそのタイミングではないのです」と返事をいただいたのだけど、改めてその理由についての話になった。

一番大きな理由は、ヴァイオリン製作とサイト制作を同じポリシーで続けているため。

菊田さんは自らサイトを制作、運営をしていて、その意義には「純度を保つ」という視点がある。「いかにして自分の分身を生み出すか」、そんな思想のもと行うヴァイオリン製作と同様に、サイト制作もしている。

プロにお願いすれば、洗練され、情報も見やすくなる。より「らしさ」を提示できるかもしれないし、認知が拡がることで今まで知らなかった人が知ってくれる機会にもなるだろう。それをわかっていても、他の誰かが作る時点でその人の個性が無意識的に含まれてしまい、純度が落ちる。つまり分身にはなりえなく、webサイトを運用する意義がなくなる。

また、洗練されることで自分以上の価値を感じ取られてしまうのは困る、と。

「自分以上の価値を感じ取られてしまうのは困る」という言葉は、裏を返せば、自信があるからこそ言えるのだと思う。

納得するには十分な理由だった。(それでも最後には「将来、サイトはプロにお願いした方がいいと心から思えた時には、ぜひお願いします。」とフォローいただき笑、いつか来るかもしれないその時を気長に待つことにしました。)

 

 

話し始めてからいつのまにか数時間経っていて、時計をふと見ると、電車の出発時刻が近づいていることに気がついた。

ついさっきまでの静かな時間とは裏腹に、最後はバタバタと慌ただしく、ご挨拶して駅に向かうことに…

 

バタバタしながら撮影した写真たち

 

小走りで駅に向かい、ギリギリに乗車。

車内は相変わらずガラガラで雨のせいで薄暗かったけど、気分はしんみり感ではなく、無邪気な明るい気持ちになっていた。

 

 

笑ってコラえて

余談ですが、僕が菊田さんを知ったのは2012年の「笑ってコラえて」。テレビで拝見していた方と直接話すというのは、なんとも不思議な感覚になるものですね。

笑ってこらえて_クレモナ_千住真理子_菊田浩 No2

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