TAKUTO YOSHINO

「自分探し」は内発的動機に気づくかどうか

ワクワク…

やるかやらないかの判断は「ワクワク」するかどうか、つまり自身の感性に委ねて僕は行動を決めています。でもこれは表層的な感覚に従っているだけであって、さらに根本には、そもそもワクワクするかどうかの起点となる思考、価値観、動機などがあります。これが内発的動機、というものです(僕の解釈の仕方)。

「内発的動機」という言葉が、最近の社内でのキーワードとなってるので、自分としても内省を通してあらためて言語化してみました。

「自分」はどこにあるのか

「自分探し」という言葉はとてもモラトリアムな響きが強く、どちらかというと若者が使うことの多い言葉です。就活前、就活中の学生が特にあたるかもしれません。僕自身、就活が始まる前には自問自答を繰り返し、社会に出てまず何をやりたいのかを具体的にしていきました。

しかし、自分を見つけられてる大人(社会人)が果たしてどれだけいるのか…つまり、自分のワクワクすることを仕事や人生に繋げられている人がどれだけいるのか…日本では比較的この実現が難しいのではと感じています。なぜなら、自分の価値観や先天的能力として何ができるのかを判断できるのは往々にして社会に出た後や外発的出来事からの影響であるにも関わらず、依然として「路線の切り替え」のできる機会が少ないからです。

社会人3年目、これまでがむしゃらに仕事を覚えてきて成果も出せるようになったけど、本当にここにい続けていいのだろうか?

30歳手前、ここでは満足いく結果を残すことができた。さて…これから自分のしていきたいことはなんなんだろうか?

「自分探し」と称して人に会ったり、セミナーやイベントに参加したり、海外に行ったり、外に向けて行動を起こす人がほとんどだと思います。ただ「外」に目を向けているうちは自分を見つけることはできません。結局は自分自身を見つめ直し、良い面だけでなく悪い面も受け入れていく、そんなプロセスが必要です。

内に内にとどんどん深く潜ることで内発的動機、自分を知ることができます。

自分探しは見つけるものではなく、気づいて受け入れるものだと思っています。

内発的動機はとてもシンプル

内発的動機という言葉には、なんだか難しい響きがあります。すごく立派で小難しい論理的説明を求められてるような、そんな感じがします笑

でも実際の動機って、とてもシンプルだと思うんです。

僕の内発的動機は二つしかありません。

①自分という人間は何をどこまでできるものなのか(自己探求)
②自分と関わりを持った人たちの役に立ちたい(他者とのあり方)

これだけです。

行動するかどうかは「ワクワク」するかどうかで決めると述べましたが、このワクワクの起点が二つの内発的動機となっています。

順番としては、②必要とされる知識や能力がなんなのかを考えつつ、①それらを習得したり活用する、というときもあれば、①単純に興味を持ったものを知っていきつつ、②アウトプットに繋げる、というときもあります。

僕にとってはどちらも「幸せ」を感じるプロセスです。

ちなみに①はもともと僕の中にあったものですが、②は、これまでに身の回りで起きた出来事から生まれた内発的動機です。そういう意味では、いろんな人に会って話をしたり、いろんな場所に行ったり、本を読んだり…あらゆる経験が自分の動機形成に影響を与えてくれてるのだと思います。

あとは、それに気づけるかどうか。

 

内発的動機を知っているとモチベーションの維持が比較的簡単になります。

自分が幸せを感じるポイントを理解してるので、それを起点にやることを決めていけば、モチベーションの維持は必要ないですし、無理にモチベーションを上げることもしなくて済みます。目の前の結果に一喜一憂しすぎることなく、結果もプロセスとして見ることができます。僕の場合。

「どうやってモチベーションを上げてるのですか?」という質問はナンセンスだと思っています。モチベーションを上げないとできないことは、そもそもやりたいことではなく、内発的動機に紐づいてない可能性が高いからです。

 

今日はここまでに…

内発的動機を知っていても、todoレベルで何をしていきたいのかはまた別の話で、自分の成長や環境の変化が要因で都度自分と向き合う必要があります。

つらつらとそれっぽいことを書きましたが、自分自身まだ迷ってしまう時もあるので、また次に内省した際、言語化を更新したいと思います。

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