TAKUTO YOSHINO

インプットで意識してること – 非日常に身を置くより、日常をどう楽しむかに思考を費やしたい。

こんにちは、吉野拓人です。

インプットってどうしてますか?という質問は、多くのデザイナーが、誰かにしたりされたりしたことがあるものだと思う。アーティストや、技術者もよくされるかもしれない、どうやってアイデアが湧くんですかと。

そもそも自分が外向的なのか内向的なのか、広告をやっているのか、プロダクトをやっているのか、WEBをやっているのか、もっというと何をもって「インプット」としてるかによっても答えに対する捉え方は異なる。思考ベースなのかスキルベースなのか、とか。

僕自身は内向的でとだけいうと語弊が生まれそうなので少し補足すると、内向的というのはシャイや内気ではなく、どういう環境で最もワクワクして力を発揮できるか、ということ。周りからの評価を気にしてしまってなかなか行動できない人はシャイなんだけど、内向的な人は、大人しいけど行動力があるような、そんなタイプ。

内向的だからかわからないけど、正直これといって特別なインプットはしていなくて、目に見える形でわかりやすいのは「本を読む」「映画を見る」ぐらいだ。

仕事ベースでいうと、明確なアウトプットがあって初めて大量のインプットをすることが多い。それでも、思考は自分でするしかないから、最終的なビジュアルだったり、レイアウトだったり、そういう部分でのインプットに限る。

じゃあ、思考領域でのインプットはどうするのか。これは日常における意識にあると思ってる。

積極的に外出して色んな場所を巡ったり美術館に行ってアートに触れたり、そういう機会を作ってる人は多いし、僕自身、非日常は好きではある。けど、仕事を含めた日常にささいな変化を見出だして楽しんだり、何気ない毎日の中でやる思考に人生の充実さを感じるタイプだ。

思考力は、「why?」を繰り返すことでしか強化されない。どんなに非日常空間に足を運んだところでそこに思考がないなら、インプットにはなりにくいし、アウトプットには繋がらない。感動した体験を、自分ならどういう形でアウトプットできるだろうか帰り道でそんなことを考えてないと、情報を受信したで止まってしまう。

頭と手を自分で動かして「練習」しないと、良いものはきっと作れない。そういう意味では、正解を他人に求めるスタンスもまずくて、トライアンドエラーを自分で繰り返すしかない。

普段のスタンスとして自分が受信側でいるのか発信側でいるのか、これだけで日常における思考は180度変わると思う。会社員と経営者の思考が180度違う、みたいに。

僕は海外にいっても、観光地巡りには興味がないしあまりワクワクしない。むしろ、そういうことをすると疲れてしまうw

特に有名というわけでもない普通のカフェで、現地の日常の中に自分の身を置いてる方が遥かに心地いいし、ワクワクする。道行く人を眺めたり、頭の中では思考を巡らしていたり、とても静かで刺激的だ。

静かで刺激的こういう雰囲気に入ると、発想が拡がりやすい。

未来のことや過去のこと、嬉しかったことや悲しかったこと、その時々で色んなことに内省する。

僕の思う「デザイン」は、日常に少しのワクワクを加えるような、そんな行為だと思ってる。だから、デザイナーとして日常を大切にしたい。「普段」を毎日繰り返さないと、日ごとのささいな変化に気づくことができないように、アイデアの種に気づく確度も低くなるんじゃないか。非日常は、その瞬間は楽しいけど、頻度が多いと日常における変化を見落とす可能性が高くなるように思う。

デザイナーに大切な根本的な感性は、普通のあり方を普通とは捉えない、普通の中に楽しみを見出せるような敏感な観察力だと思う。

ここだけ「思う」という言葉が連続するのは、まだ自分自身確信を持ててないから。将来、プロダクトや空間デザインに力を入れることになったら、確信に近づけるのかもしれない。

デザイナーのほとんどは本質的に内向的だろうけど、外向的な人の言葉も聞いてみたい。

ちょっと実践的な話を

僕は、短時間でのアウトプットや、どうまとめたらいいかわからないときは「待つ」ようにしています。なにを待つかというと、頭の中で自動的に情報が整理されるのを、です。

扱うのが「情報」でも「ビジュアル」でも「構成」でも、なんでも同じです。

まず自分の脳内容量がオーバーするまで、短時間で一気に情報をインプットします。要件定義、デザインとして構成すべき要素、参考になるビジュアル。様々な情報を複合的にごちゃごちゃっと頭に入れていきます。

頭から煙が出そうな「プシュー」っていう状態になったら、あとは待ちます。

ぼーっと。

少し頭の容量が戻ってきたら、なんとなく白紙のノートを眺めたり、アートボードを開いたばかりのイラレやフォトショを眺めたりします。ここでもまだぼーっとしてます。

すると脳内で情報がひとつひとつ整理されていくのが実感できます。点と点が線になって、網状になっていく感覚です。

ここから実際に手を動かし始めるのですが、すでに頭の中でなんとなく完成系が見えてることが多いです。でも詳細はまだわからない。

少しずつ手を動かしてると、加速度的に情報が整理されていき、アウトプットとして求められる完成度の高さを最低限担保したものを複数案、一気に作ることができます。

感覚的ではありますが、こんなプロセスです。ひらきなおって頭をリセットするのがポイントです。

「寝ると記憶が整理される」を短時間でやる、そんなイメージなのかもしれません。

記憶には陳述記憶と手続き記憶があります。陳述記憶は言語化できる知識や体験、手続き記憶は体で覚える技能のことです。

諸説ありますが、少なくとも手続き記憶は、睡眠をとることで機能することが実証されているようです。運動など練習を毎日やっていたら、ある日急に上達を実感できた、というあれです。英語学習でも同じようなことは言われてます。成長は階段状に、段階的に起こるということです。

前述したインプットからアウトプットのプロセスは、これに近いように感じていて、ただ、日頃から思考を巡らす訓練は必要だと思ってます。

デザインする力やアイデアを出す能力の向上は、スポーツの上達と同じです。プレッシャーをかけた「練習」を繰り返すことで、確度の高いアウトプットを出せるようになるはずです。

結局のところ「センス」とは、どれだけ「練習」するか、のようですね。

僕もまだまだ、練習しないといけないなー。どんな課題においても、インプットを必要とせず良いアウトプットを出せるぐらいに。

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