TAKUTO YOSHINO

大企業を辞めてWebデザイナーに #1

僕は大学院修了後、シャープに新卒で就職しました。分野は液晶ディスプレイの要素技術開発。いわゆる花形部署という恵まれた場所だったと思います。

給与も福利厚生も十分。でも人生一度きり。本気になれるものがなんなのか模索し続けました。そして今は、やりたいことができていると自信を持って言える状態にいます。

このブログを始めるにあたって、まずは自分の振り返りをしようと思いました。自分がデザインを始めたきっかけから、つらつらと書いていきます。

何かを模索中の人、行動を起こし始めたばかりの人、自分に自信を持てない人へ…何かのきっかけになれば幸いです。

本気になれないモヤモヤ

シャープには5年半勤め、そのうち5年間はずっと同じチームで開発をしていました。

業務内容は様々で一人でなんでもやらなければならず、マルチな仕事力が求められました。さらに上司先輩がとても怖かった厳しかったですからね(もちろん、とても頭の切れる方々)、気を抜くことなんて一切できず、仕事人としてのプロ意識をこの間に落とし込めた気がします。

いま思えば感謝しかありません。

最後のプロジェクトには技術構想を練るところから量産まで3年ぐらい費やしました。先輩と僕の二人がメインで関わっていたことや、商品としても知名度が高かったので、仕事として非常にやりがいがありました。試作に試作を重ね、後々最終形態となるデモ機を自分が一番最初に確認したとき、とても感動したのを今でも覚えています。

院生時代から研究していましたが、ものづくりって面白いな…と心から実感できたのは、その日が初めてだったかもしれません。

でも、なんとも言えないモヤモヤ感がありました。

自分が本気でやりたいものづくりって本当にこれなのかな…というモヤモヤ。。。

なぜか本気になれない…

大きい組織なので、なかなか自分の社会への影響も実感できず、本当の意味で存在意義を見出せずにいました。(というよりも、そもそも大きい組織が自分にはあっていなかったんですね^^;)

なんだか自分を抑え込んでる感覚。

このままあと数年もすれば、自分を見失うかもしれない…

そんな恐怖心もありました。

デザインとの出会い

モヤモヤしながらも、もちろん仕事はしなければならなかったわけですが、ある質問がデザインに意識を向けるきっかけになりました。

それは、「なぜ日本メーカーがiPhoneの様な製品を作ることができなかったのか」です。

確かにな…と、ネットで色々調べている中で出会ったのがIDEOという会社でした。IDEOはアップルのマウスをデザインした会社です。500名足らずなのに世界で最もクリエイティブな会社に選ばれてたりします。僕のいた会社は数万人。規模って関係ないなーと、理解した瞬間です。

IDEOは「デザイン思考」という言葉を広めた会社でもあります。最もクリエイティブな会社が発する言葉ですから、ものづくりに関わる人間として、この言葉に惹かれない理由はありませんでした。

とはいえ、「デザイン」というものは美大卒の人がやるものでしょ…みたいな先入観がなぜか植えつけられていたので、自らデザイナーになろうという思いには到らず、具体的な行動を起こすことはありませんでした。

ブランディングという言葉

でもなんだか引っかかる…

デザインという言葉が…

そんな、何かに気づきそうで気づけない時に出会ったのが、個人事業主向けにブランディングをしている女性でした。3人でやっている会社で、その女性はデザインを担当していました。デザインの経験がなかったにもかかわらず、会社を立ち上げ、グラフィックとWEBのデザインをしていたんです。しかもお客さんが定着してる。実際に制作したものも、センスが良いのが伝わってくる。(株式会社マインドプラス)

すごいな…と思うと同時に、ブランディングという言葉に無条件で惹かれている自分に気づきました。

もともと、日本の「ものづくり」に貢献する手段として自分に適しているものはなんなのか、そんな視点で、迷い、答えを探し求めていた自分。デザインやブランディングについて調べ知識を増やしていく中で、中小企業のブランディングが日本産業の発展に重要であることを知りました。

デザインという言葉にワクワクする…

ものづくりに貢献できる可能性も高い…

未経験でも、Webデザインなら一歩目としての敷居は比較的低いんじゃないか…

そんなこんなで、まずどうやったらデザインの世界に入れるのかを模索し始めました。

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